人の健康から野菜の健康を考える その1

今回は健康について考えてみたいと思います。
世界保健機関WHOは健康について次のように定義しています。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. 健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)

これを僕なりにわかりやすく表現すると
本人が健康だと感じるならそれが健康
ということなんですが、
もうちょっと具体的に書くと、
骨折していても、一時的に風邪をひいたとしても、たとえがんであったとしても、
栄養失調でもなく、過度な肥満でもなく、適度な運動とバランスのとれた食事、充分な睡眠があって、仕事では目標に向かって突き進んでいるし家庭でも不安なく家族との関係が良好、適度なストレスの中に身を置いていて公私ともに充実している状態。

こんな状態が健康と言えるのではないでしょうか。
がんであっても健康だと言うのはおかしい、という意見はあってしかるべきですが、そう思うということは健康が目的になってしまっている可能性が高いです。
あなたが無農薬の野菜を欲しがるのはなぜですか?
でも書きましたが、健康であることは目的ではなくて手段です。
なにかやりたいこと(目的)があって、それを達成するためには健康であることが大事。
だから健康は前提条件であり手段です。
ということは、たとえがんであってもやりたいことができる状態なのであれば、それは健康だと言えるはずです。
とはいえ、やりたいことが長く生き続けなければ実現できないというのであれば、その人にとってがんである状態は健康とは言えません。
だから、本人が健康だと感じるならそれが健康、と表現したんです。
 

置かれている環境によって健康の基準が違う?

アフリカにはマサイ族という先住民がいます。

言うまでもなく彼らの生活習慣は一般的な日本人とは全く異なります。
伝統的な牛・羊・ヤギなど家畜の遊牧で生計を立てる遊牧民だからです。
(現在では都市に住んで定職を持っている者も多い)
一日の生活サイクルが違えば、食生活もまったく異なります。
主食は牛乳で野菜や魚類はほとんど食べない偏食ぶり、外見的特徴をみても日本人の常識で考えればガリガリの栄養失調状態です。
平均寿命も日本人が80歳ほどなのに対して、マサイ族は45歳程度です。

それでも。
これだけの違いがあっても、日本人が健康でマサイ族は不健康ということはありません。マサイ族のほとんどはおそらく健康でしょうし、もしかしたら民族全体の割合で言ったら日本民族よりも健康比率が高いかもしれません。

健康の基準は
本人が健康だと感じるならそれが健康
ですから、食習慣や肥満度、平均寿命などは置かれている環境で生活した結果でしかないんです。
その環境で満足した生活が送れているかどうか、ということが健康に直結します。
日本人であってもマサイ人であっても健康の基準は同じ。
違うのは置かれている環境です。

たとえば、マサイ人が日本に移り住んだとします。
先進国日本は、食糧や衛生、医療や教育の水準が極めて高いですから、もし日本にマサイ人が生活することになればきっと寿命は伸びるでしょう。
アフリカにいた頃の生活を、日本という国でそのまま送ることができるなら、それはきっとマサイ人にとっては健康的でしょう。
けれどもマサイ人本人が、日本国でやりたいことができない、つまり充実した生活を送れなければ、健康だと感じる生活ができなければ、たとえ寿命が延びたとしてもそれは不健康だと言えます。

これはつまり。
やりたいことができる環境さえ整っていれば、アフリカにいようが日本にいようが関係ないということです。

この話を、野菜に置き換えてみたいと思うのですが、また例によって文章が長くなってきたので次の記事に書くことにします。
今回は野菜にまったく触れませんでしたね・・・。

 

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