食の安全が揺らいでいる日本。
不安な日々を過ごしている方もたくさんいらっしゃると思います。
そして農業の世界においても、農薬の危険性や硝酸態窒素の問題、産地偽装の問題などいったいどこから食品を買ったらいいのか不安になるようなニュースが飛び交っています。この不安要素のなかでも、とくに問題にされるのが農薬の是非。
農薬は危険だ、環境に悪いとか残留農薬が気になって食べられないとか野菜がまずくなるとか、いろいろと言われています。

ひとつひとつの問題について取り上げて解説することもできなくはないですが、単なる小さな片田舎の農家の意見なんてあまり信憑性がありませんのでやめておきます。
今回は。
農薬を使った農業いわゆる慣行農法と、農薬を使わない農業いわゆる有機農法
何が共通していて何が違っているのか、栽培における考え方について深く掘り下げていきます。
生産者として、有機農家として、農薬害悪論はあまり気持ちの良いものではありませんし、先入観なく農薬と向き合ってほしいと思っています。
最後まで読んでいただければ、農薬に対する嫌悪感が少し和らぐかもしれません。
農薬を使った農業への見方が変わるかもしれません。

 

農業界を2つに分けるもの

日本の農業を大きく分類すると、
慣行農法
有機農法
この2つに分けることができます。
慣行農法は、いわゆる農薬や化学肥料を使った一般的な栽培のことを指します。
日本の農業のほとんど、99%を占めているのがこの慣行農法です。
えっ?99%?
とびっくりされるかもしれませんがこれは事実です。
日本の農業において有機農法は、栽培面積・生産額ともに1%にも満たない小さな勢力なんです。

大多数を占める慣行農法の考え方はざっくりといえば
農産物の生産を最大化する
ということ。
ピラミッド慣行
畑にある野菜を頂点とした生態系のピラミッドは逆三角形になります。
微生物や小動物、雑草や落ち葉など自然生態系を構成しているすべてのものは野菜が生産されるためにある。
野菜を生産するためには必要ない、とさえ考えている傾向も見られます。
そして。
目の前に起きている問題を解決するために直接的な働きかけをします。
ウドンコ病が出たから農薬をかけて抑えよう。
ヨトウムシにやられないように農薬を撒いておこう。
アブラムシを退治するために農薬を散布しよう。
見えている結果・症状に対して、それを取り除くために最大級手を尽くすのが慣行農法です。
いわゆる対症療法です。

一方、農薬や化学肥料を使わない栽培方法である有機農法の考え方は
自然の仕組みを生かす
ということ。
ピラミッド有機
畑にある野菜を頂点とした生態系のピラミッドは三角形になります。
微生物や小動物、雑草や落ち葉など自然生態系を構成しているすべてのものがあって、ようやく野菜という存在があるという考え方です。
野菜は多様な生き物の上に成り立っている、とも言えます。
木から葉が落ちて、その葉を微生物が分解して土になり、その土が木を生長させる。
そういう自然の循環サイクルをお手本にして、その仕組みの中で野菜を育てるようにしているのが有機農法です。
目の前に起きている問題を、結果としてとらえ、それが発生した原因を探すために最大限の努力をします。
ウドンコ病が出たから農薬をかける、ではなくてなぜウドンコ病が発生したのかその原因を考えて、病気が出ないためには野菜をどう育てなければいけないかを考えて、改善します。
ヨトウムシが出てきて困るから農薬を撒いておく、ではなくてヨトウムシだけが畑で増えにくい環境、生態系バランスがとれていて特定の虫だけが飛びぬけて大発生しにくい状態を畑につくっていく努力をします。
見えている結果・症状には原因があると考えて、その根本的な原因を改善することで病気や虫害をなくしていこうとします。
このような考え方は、対症療法と対になる言葉で原因療法と呼ばれます。


ざっくりといえば
慣行農法=対症療法
有機農法=原因療法
ということが言えると思います。
これはつまり、考え方が間逆だということ。
慣行農法からたんに農薬や化学肥料を引き算すれば有機農法になるかといえば、そんなに単純ではないんです。
農薬や化学肥料を使っている農家が、有機野菜を生産したいと思って農薬も化学肥料も使わないで栽培するように変更した例はいくつもありますが、単純に農薬を引いてみたり化学肥料を有機肥料に置きかえてみたりするだけではうまくいくことは少ないです。
それは。
考え方が違うから。
栽培するときの基本的な考え方が違うから、方法だけを真似してもうまくいかないんです。
でもそれは山の頂上に至るアプローチが違うだけです。
どちらが良くてどちらが悪いという話ではありません。
慣行農法も、有機農法も、それぞれが信じるルートを通って頂上を目指しています。
どの道が正解、どの道が不正解ということではなく、近道や急坂や行き止まりはあるかもしれないけれど、同じ目標に向かって進んでいます。
安心して食べてもらえる野菜を育てる。
ただそれだけ。
それだけの、共通の目標に向かって進んでいます。

 

医学界を2つに分けるもの

注射
山の頂上に向かう様々なルート。
複数のアプローチ。
このことについて農業の世界と似ている事例が身近にあります。
医学界です。

医学界はざっくりといえば西洋医学と東洋医学に分かれます。
西洋医学とは、ヨーロッパで発達した医学。
症状や病気そのものを見て処置しようとする医学です。
科学的な視点を大切に、物理的な解決方法をとります。
数値の把握、あるいは、医学理論などに基づいた治療を行います。
いわゆる町医者であったり、大病院であったり、いたるところに転がっているナントカ病院とかナントカ医院はたいていが西洋医学をベースにしています。

東洋医学は、おもにアジアで発達した医学です。
人間を見る、病人を見る医学と言えます。
全身のバランスを図りながら、患者自身の自然治癒力を喚起する治療方法です。
その人自身の治癒力を高めるため、対処療法ではなく、根本的な治療に繋がる傾向があります。
鍼灸治療や漢方、自然療法と言われるようなものが東洋医学です。
あまり大きく展開しているイメージはありませんので、町を歩いていてもあえて探そうとしなければ見つからないほどです。

 

どちらが正しいということではありません。
西洋医学と東洋医学、どちらにも言い面と悪い面があります。
どちらかだけを残してしまえばいいというものではありません。
両者の考え方の違いを認めながら、お互いがお互いのいいところをあわせながらより医学を発展させていくことが大事です。
病院を嫌い、西洋医学を嫌い、いわゆる自然療法に偏った考え方をされる人はけっこういらっしゃると思いますが、そんな人でも「もしものときは駆け込める」病院があるのは心強いですよね。
怪我をしたときなどいわゆる外科的な治療に関しては、切ったり貼ったりが得意な西洋医学が圧倒的に素晴らしい成果を出しますし、抗生物質で救われた命がたくさんあるという事実も見逃せません。
自然療法好き、東洋医学志向の方でも、西洋医学の功績は無視できないはずです。
そして。
西洋医学では苦手な、たとえば生活習慣病と言われるような人間全体を見なければ解決しないような病気については東洋医学が優位です。

西洋医学、東洋医学それぞれに得意分野があり、苦手分野があります。
お互いが存在を認め合って、苦手なところを補いながら協力していくと、
人の健康を守る
という共通の目的に辿りつく近道になるはずです。


若干の農業者の私見も混ざりましたが、ここで言いたいことは
西洋医学も東洋医学も人の健康を守るという共通の目的に向かって進んでいるんだから、お互いの存在を否定する必要はまったくないということです。
協力しあえば目的に早く到達できます。

 

 

両者とも必要なアプローチ

現在は。
農薬害悪論があまりにも強すぎて、慣行農法が悪くて有機農法が正しいというような風潮が強くなっています。
有機農法やってる人は慣行農法を否定したり、有機農法の素晴らしさをとにかく強調したりします。
慣行農法にしても、世間的な農薬否定の風潮が強いせいかちょっと自分たちのやってることに自信をなくしていたり引け目を感じたりしていることがあります。
有機農法にたいして敵意を剥き出しにすることもあります。
でも。
よく考えてみてください。
いいものを作りたい。
いい農産物をたくさんの人に届けたい。
同じ目標に向かって走っているのに、なぜ片方だけが否定されなければいけないんでしょうか。
なぜ農薬を使った慣行農法ばかりが非難されるのでしょうか。
農薬を使用したことによって環境被害や健康被害が出ているからですか?
それは確かに慣行農法の悪い面が強く出た部分ですが、農薬を否定すべき点はあるにしてもそれを使った農法自体は否定してはいけません。
(仮に)抗がん剤を使った治療ではガンは治せない、といった西洋医学の問題があったとしても、それは抗がん剤を否定すべきであって西洋医学そのものを否定してはいけないというのと同じことです。

慣行農法が悪いのではありません。
農薬すべてを否定すべきでもありません。
トライアンドエラーを繰り返しながら、農薬は改良され安全性は高まってきています。
いつまでも古い時代の悪かった頃のイメージを引きずっていてはいけないと思いますし、有機農法にしても自然農薬とかいってニンニクやトウガラシ、酢など食品でも刺激の強いものを利用して農薬のように使う方法があったりします。

一時的に病気をよくする、一時的に虫から野菜を守る。
そういった目的で農薬を使用しながら病気や虫が出た根本的な原因はなにかを探っていく。
といったように有機農法と慣行農法のいい面をうまく取り入れながらやっていく道もあります。

慣行農法も有機農法も目標は同じ。
いいものを作りたい。
いい農産物をたくさんの人に届けたい。
この目標に向かっている2つのルート、片方だけを否定するのはやめましょう。
どちらも試行錯誤しながら進んでいるんですから。