野菜の安全性というと農薬ばかりが取り上げられがちですが、農薬や化学肥料・有機肥料だけじゃなく、大気中の汚染物質(酸性雨やPM2.5など)、農業用水の汚染、農業機械を使ったときの排気ガスによる汚染、F1(一代交配)種や遺伝子組み換え品種、細かいところを挙げればキリがないくらい関わってくる要素は多いです。
大気汚染
じゃあ、水や空気の汚染が少なそうな山奥の隔離された秘境に移り住んで、農薬や肥料を使わず、機械も使わずにクワや鎌で畑のなかを管理して、そこまでやったらもしかしたらかなり安全と言える野菜ができるかもしれません。
外界からの隔離という点でいくと、大きな植物工場の中で空気も水も肥料も、温度や湿度もすべて管理すれば、こちらもかなり安全な野菜ができることでしょう。
けどね。
安全を追求した先にあるのは、植物工場か山奥の外界から隔離された環境か、それで辿り着くところはだいたいそのへんが終点なんですよ。
そして、やっていくうちにどんどん新しい制限(たとえば近年のPM2.5)が加わっていくから、突き詰めていった先にはがんじがらめに縛られた生産者の姿があります。
あれはだめ、これはだめと制限していくのは非常にしんどいわけです。
 

安全を追求するデメリット

また、安全ばかりを追求すれば当然ほかの要素が置き去りになってしまう。
つまり美味しさの追求が後回しになってしまうんです。
これはどういうことか少し説明しておくと、野菜の味を決める大きな要素である品種を選ぶときに、現在流通されているタネでは主流であるF1(一代交配)品種を選べないとなったら選択肢が非常に小さくなるし、へたをすると選択できる野菜の種類そのものが減るかもしれません。
肥料を使わない栽培自体は少しずつですが世間に広まってきていますが、出来上がった野菜の味はあっさりとする傾向があるので、食べる人によって好みがわかれるところです。
世の中はあっさり味、野生味あふれる感じを好む人ばかりではないですから。
機械で均一に耕されることは、そこに育つ野菜がだいたい同じように収穫に辿り着くことの重要な要素なので、人力で耕すもしくは耕さないとなれば品質のばらつきは避けられません。
美味しいものもできるけど、いまいちなものもできてしまうということになりかねません。
安全をとったばかりに味が落ちる、というのはなんだか悲しいです。
 

安全と健康を天秤にかけるのは違うけど

もちろん、安全を軽視しているわけではありません。
安全はもちろん大切です。
ある程度の(という表現に不満はあるでしょうけど)安全性を確保したうえで、野菜が健康に育つためにできることを最大限やっていく。
健康であることは野菜の味に大きく関与するからです。
農薬は使わないとか、肥料は出所がはっきりしているものしか使わないとか、ここまでは守るという制限を自らに課したうえで、あとは野菜にとってプラスになると思ったことをどんどんやっていく。
あれをやってみたらどうか、これをやってみるといいかも、と改良・改善を繰り返していくことで、野菜の品質がどんどん上がっていく。
こうなると野菜作りはますますおもしろくなっていきます。

安全性に気を付けながら、食べて美味しい野菜、育てて楽しい野菜づくりを目指していく。
つまり、安全性と健康面(味)をバランスよく追求していく。
ということですね。
野菜を食べるときには安全なほうがいいでしょうし、美味しい方がいいに決まっています。
盛り野菜
追求すればするほど制限に縛られて苦しくなる安全性よりも、追求すればするほど美味しさのレベルが上がっていって育てるのが楽しくなっていく野菜の健康面のほうを、僕は大切にしていきたいと思います。